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東京家庭裁判所 昭和58年(少)19726号 決定

主文

この事件については、少年を保護処分に付さない。

理由

(罪となるべき事実)

少年は、肩書住所地の都営団地に居住し、日頃から団地住人の些細な行為や落ち度を咎めだてて、怒鳴り込んだり、嫌がらせをするなどして、近隣住人から疎まれ、恐れられているものであるが、同じ団地に住む茂木美枝子(当時一七歳)が少年の母親の陰口をたたいているとのうわさ話を聞き及ぶや、昭和五八年八月二八日午後六時過ぎころ、東京都中央区勝どき一丁目三番三―四一二号の同女方に赴き、同女が陰口を述べたと決めつけ、同女や同女の母親茂木きく子(当時五〇歳)に対して詰問したり、暴言を浴びせるなどしたものの、なお忿懣の念が収まらなかつたため、翌八月二九日午後五時三〇分ころ、肩書住所地の少年宅から上記茂木きく子方に電話をかけ、応対にでた同女に対し大声で、「手前、この野郎、やつぱり嘘言つたんじやねえか、証拠があるんだ。手前らはこのアパートにも日本中にもいられなくしてやる。ぶつ殺してやる。」と怒鳴りつけ、もつて同女らの生命、身体等に対し危害を加えることを申し向けて脅迫したものである。

(適条)

刑法二二二条一項

(処遇の理由)

一  非行事実について

少年は、本件非行事実につき、はじめは話し合いをするつもりで電話をしたところ、父親のいない子はしようがないというようなことを言われたため、ついかつとして「殴つてやる」という趣旨の発言はしたが、「ぶつ殺してやる」とか「日本中にいられなくしてやる」と言つた覚えはないと主張し、付添人も以上に加えて、少年の発言は相手が非を認めず、暴言を吐いた結果のものであり、いわば売り言葉に買い言葉というべき性質のもので、近所同志の単なる口喧嘩に過ぎず、人を畏怖させる害悪の告知とまではいえないという趣旨の主張をしているので一応検討する。

本件については、電話でのやりとりの状況やその際の少年の発言内容について、少年と被害者茂木きく子の供述内容に大きな食い違いがあり、非行事実の存否の判断は結局のところ何れの供述内容を措信するかの問題に帰着する。そこで、まず茂木きく子の供述について検討してみると、同女は当審判廷において証人として証言した際にも司法警察員に対する供述調書において供述した内容とほぼ同一の供述を繰り返し、少年から「日本中にいられなくしてやる」「ぶつ殺してやる」旨怒鳴られたと一貫して明確に供述しているところ、上記電話の際すぐ側にいた同女の娘茂木美枝子も司法警察員に対して、少年が側にいる者にも聞こえるくらいの大声で一方的にしやべりまくり、同趣旨の発言をした旨供述しており、さらに少年から電話があつた後、同女らが美枝子の友人宅に一時避難し、脅迫を受けた旨交番にも届出ており、その後同年一〇月一日付で正式に被害届を警察に提出している事実も認められ、以上の状況からみると茂木きく子の供述は十分信用に値するというべきであり、同女が殊更に虚偽の事情を申述していると疑わせるような特段の事情は認められない。これに対して、本件各証拠を総合してみると、少年は日頃から通常の者であれば受忍し、さほど問題にしないような近隣住人の行動や落ち度を取り上げて執拗に糾弾し、あるいは激昂して怒鳴りつけるなど一人よがりな行動をとつている事実が認められ、物事の見方や考え方が偏つており、独断的で思い込みの多い激情的な性格が窺われるところ、さらに少年自身、電話をかけた日の前夜から忿懣の念が募つてよく眠れなかつたことや、当日の朝からうわさ話の対応の仕方について電話相談をしたり、うわさ話をしていた子供達の学校へ抗議の電話を入れたり、再度子供達を集めてうわさの元を追求するなど本件うわさ話の件に執着し、苛立つていた心理状態にあつたことを供述しており、そのような状況を前提とすれば、少年が前記茂木方に電話をかけ、罪となるべき事実記載のような言動をとることは十分諒解可能なことであり、茂木きく子との電話でのやりとりや発言内容についての少年の供述は同女の供述と対比してにわかには措信できない。してみれば、少年が本件当日茂木きく子に電話をかけ、一方的に同女らを非難し、罪となるべき事実記載のとおりの発言をしたと認めることが相当である。

次に少年の上記言動が脅迫行為に該るか否かについて検討してみると、その発言内容それ自体は形式的には人に対して危害を加えることを内容とする脅迫行為であることに疑問の余地はなく、実質的にみても、少年が日頃から近隣住人から恐れられ一目置かれた存在であり、茂木きく子方に電話をかけるに至つた経緯や電話でのやりとり、特に少年のみが一方的に大声で怒鳴りつけるといつた行為態様に照らせば、少年の言辞は脅迫行為に該当するといわざるを得ず、したがつて前記付添人の主張は採用できない。

二  処遇について

少年は、非行事実を否認し、自己の否を認めようとしないが、それは少年の性格、特に他人の行為を非難するに急で、物事の見方や考え方に偏りが著しく、客観的な判断力に欠けるという傾向に由来するものと解され、それが直ちに一般非行性と結びつくものとは言い難く(この点は、少年にこれまで家庭裁判所係属歴が一切存しないことからも裏付けられている)、本件を機会に多少なりとも少年の物の見方や考え方についての偏りが是正されると期待されること、本件被害者である茂木きく子が当審判廷においては、少年に対する処罰を明確には希望しなかつたこと、その他本件事案の性質、態様を勘案し、少年に対しては、訓戒のうえ、少年法二三条二項を適用して主文のとおり決定する。

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